クリックで救える命がある。

日記。(2018.2.14)

SNSブログ界隈は、TLを眺めているだけで刺激的だ。貧乏性なために、気になった投稿は、タグ付けしないと気がすまない。ツィッターの賑わっている集団の後方で、零れ落ちてくる言葉をすくうのが楽しい。じゃあこれが反対の立場(注目される側)だったら出来るのかというと、負担になるから出来ないと思う。あくまでも傍観者だから、気楽に活動できると思っている。玉石混交なインターネッツ、それぞれが自分にあったやり方でテリトリーを確保している気はする。漫画風アイコンのアバターを自由自在に操りインフルエンサーになっているツワモノもいる。

 

世間は今日、バレンタインデーとのこと。この日のために、息子にチョコを用意するような出来た母親ではない。しかし娘達が作りたがったので、先週末に生チョコを作った。生チョコ作りには、大量の板チョコがいる。(製菓用ではなく50gの板チョコを利用した。)溶かして固めるだけだから、簡単に出来てしまう。出来上がった生チョコは、男子達の胃袋に消えてしまった。

 

私たち夫婦は、結婚記念日や誕生日やバレンタインデーといった記念日に、贈り物をしあったりはしない。だからといって夫婦仲が冷え切っている訳でもない。私は人の心の裏を読もうとしすぎることがあり、対人関係で必要以上に消耗してしまうタイプなのだけれど、夫は表裏がなくあっさりしているので、非常に付き合いやすい。よく心に闇を抱えている同士は惹き合うとは言えるが、結婚となると陰傾向にある同士が家庭を築くと、家庭が暗くなるとは思う。

 

あるブロガーさんが、陰のオーラがある人は、同じように陰オーラがある人が誰かを見抜けると言われていた。私もそれは同意する。私の夫は、私から見ると、恵まれた環境で育ったんだなあということがよく分かる。どちらかというと陽のオーラをもつ。物凄くざっくりした分析になるのだけれど、陰陽を決定づけるのは心の闇があるか否か。

 

私が結婚する前に付き合ったことのある人は、大学時代にたった一人。その人は陰のオーラがある人で、友達からは(その人と付き合って)大丈夫なん?と言われたことがある。今思えば、陰傾向にある同士だったから、結婚しなくて正解だったとは思う。私の生家の二の舞?私の両親はオーラが一緒だったから、反発しあい、噛み合わないまま離縁の結果になったのだとは思う。色々な体験をしてきて、歳もとって思うことは、心の相性って大事なんだということ。私は義母とも合う。こんなこと言うのもはばかれるんだけど、実母よりも義母の方が好きだ。色々あって、今は実母とは疎遠になっている。実母に会うと、精神的に病んでしまう。愛着形成が十分でないまま、私は大人になったのだと思う。我が子に同じ思いをさせないようにとは思うのだけど、世の母親みたいに、無償の愛を子供に向けることは出来ていないとは思う。その分、夫に埋め合わせをしてもらっていて、そういった意味では、夫にかなり助けられている。

 

ブログは陰剥き出しの内容となっているけれど、現実とは直結しない並行世界で、自分の土地(ドメイン)をせっせと耕すことで、私は心の調整をつけられるようになってきた。以前のように、一つのことでくよくよしたり、ずっと引きずって鬱々することも減った。必要以上には人と会わないのだけれど、ママ友達に会った時に平常心で向き合えるようになった。以前の私だったら、不安感が言動にあらわれていたと思う。

 

新天地にきて3年が経とうとしている。顔見知りの人も増えて、再会した時にホッとするようなママ友もちらほら出てきた。相手がどう感じてるかは分かんないけれど、随分ご無沙汰だったとしても、こんな風にホッと出来るような間柄の人が数人でも地域にいたら安心できると思った。

 

 

 

 

 

 

インプットしすぎると疲れる?

SNSやブログユーザーからは、よく聞かれる言葉だけど、情報に埋もれると、感覚が麻痺してしまう?何れの界隈でも、私のアカウントは、フォロワーが少ないのだけれど、インフルエンサーってどんな気持ちになるのかな?と興味がわく。呟く毎に何百人、何千人ものユーザーにシェアされる。影響力がある反面、アンチが増えるという事も、ネット界隈では耳にする。言語的能力の高いインフルエンサーは、炎上をくらったとしても、言論で対抗出来るからすごいなあとは思う。

 

私は言葉で人を納得させる事が不得手で、すぐに感情的になりがちだ。人の感情をうまくてなづけることの出来るコミュニケーション能力の高い人は凄いなあと思う。そうしたタイプの人ってよく、コミュニティで人のまとめ役に抜擢されている。ネット界隈では、人に誤解を与えないような行動をとる事が難しい。リアルでも人望のない私にとっては、ますますのことだ。

 

引きこもりの私にとっては、SNSブログ界隈の入り口は、息抜きの場所だ。インターネットにはずっと助けられているから、何か貢献できたらとは思うんだけれど、収益化の事を意識するようになると、違った方向に舵を切ってしまいそうな危うさはあるなあとは感じる。でも莫大な数のユーザーが、同じフィールドでしのぎを削っているから、収益化は無理かなという気もする。

 

誰しもが自己表現できるインターネットの恩恵ってすごいなあと、つくづく思う。インフルエンサーになるような人は、人以上に努力しているし、それを維持できる人は、フォロワーにマンネリ感を抱かせないように、知恵を絞っている。

 

プラットフォームが沢山あり、活躍されているインフルエンサーの数も多いのだけれど、しばらく訪問していなかったミニマリスト主婦インスタグラマーさんが、新たにブログを始められていて、初っ端から膨大なPV稼がれていたから驚かされた。インスタグラムの力って凄いなあと感じた。アフィには手を出されていない様子で、書籍化や講師になったりする道も近いんじゃないのかなという気はする。

 

私は人と接点持つ事が苦手な分、アドセンス以上のことには手を出せないなとは思う。それが念頭にあるから、ここまでの情報は出せても、これは言えないなとか、自分なりにアウトプットする内容を取捨選択しているつもりだ。

 

インプット→アウトプット→インプットのサイクルを繰り返すことで、文章能力がつけばいいのになあと、思ったりするのだけれど、中々です^^;今日は文字数少なめですが、ここまでにします。それではブロガーの皆様、おやすみなさい。

 

 

ブログ運営

wordpressで作りかけていたブログ、PVが殆どないから閉鎖しようかと考えていたのですが、ドメインは1年契約だし、継続することにしました。レンタルサーバーの契約は解除して、noteに独自ドメインを移設して、コツコツとブログサイトを作ってみようかと考えています。そちらのブログのテーマは「私が住む地域の紹介」となっているために、インドアな私にとっては、不得手な分野にはなります。だからネタを絞り出すのも苦労するし、いつまで続くか分からないのだけれど、試験的に運用してみます。noteのユーザーさんが、noteに独自ドメインを移した事を記事にされていて、個人でもできる事を知ったので、私も試してみることにしたわけです。noteはアドセンス広告を貼れないため、収益化は期待できないのですが、ドメインパワーをつけていける気がします。地域ネタを扱っているブログサイトだから、ブログ作成するために外に出て行かざるを得なくなる訳であり、あまり詳しくない自分の住む土地の事を知る機会にもなるかなと思い、ブログを継続することにしました。

 

独自ドメインをnoteに移設する手順ですが、「子沢山かあちゃんの牛歩」アカウントとは別に、アカウントを作り、プレミアム会員になり(月額500円)ました。詳しく知りたい方は、「note 独自ドメイン」でググるといいでしょう。note運営事務局あてにメールで申請すると、以下のようなメールが届きます。f:id:dw335224:20180212083349j:image

この先は連絡待ちの状況です。DNS設定がうまくいくか分からないのですが、設定でつまづいたらやめるつもりです。

 

wordpressはメンテナンスが面倒なことと、私が利用しても複雑なカスタマイズが出来ず、結局作成したブログは装飾の少ない、画像とテキストメインのスタイルでした。それならばnoteのシンプルな雛形でブログサイトを作っても、さほど変わりはないんじゃないかと考えた訳です。個性的なブログサイトを作るならばはてなブログがいいかとは思います。(自分好みにカスタマイズできるため。)ブログデザイン力で他のユーザーとの違いを際立たせることの出来ないnoteは、シンプルにテキストと画像で個性を発揮していくスタイルにはなるとは思います。

 

また随時、ブログ運営の流れについて、記載していきます。ブロガーの皆様、お互いに頑張りましょう。

 

 

現実逃避。

スマホ画面でツィッター、インスタ、はてな、noteを見ているとホッとする。私にはコーヒーを飲んだり半身浴したりする習慣があるのだけれど、それにより癒される感覚に似ている。ストレスが高くなると、コーヒー摂取量が増える。今の悩みの種は子育てだ。

 

こんなことをブログに書くと、人によっては不快を感じるだろうし、人によっては「私だけじゃないんだ。」と感じてくれるだろう。子育ての悩みは、近所の知り合いには中々打ち明けられない。人それぞれ抱えている問題があり、その程度には差をつけられない。子育ては夫との共同作業であり、相談しあって問題解決はしているつもりなんだけれど、子供は予想外のことをしてしまう生き物であり、そのハプニングに一々動揺してしまうのがきつかったりする。

 

ママ友に打ちあけようものならば

「でもあなた、〇〇だからいいでしょ!」

「私なんて、こんなに大変なのよ。」

表立っては口にはしないけれど、真意は本人のみぞ知るってやつ?そして誰かを頼りにしてしまうと、誰かに寂しい思いをさせてしまったり、私を1番にあてにしてよ…と思う姉御肌タイプの人もいたりして、あまり深入りしてしまうと煩わしくなる。

 

そんなに抱え込んでいて、ブログに書くくらいならば、家族以外の人と交流するリアルの場へ出ていけばいいじゃない?と突っ込み入りそうだけれど、煩わしい事に足を突っ込みたくない。ブログの存在は、私にとってはぬるま湯だ。

 

同じような使い方をしている人が多いはてなブログは、気楽に書き込みできてしまう。インスタもいいねのためだけに人と交流するスタンスの人が多いから楽。noteはFBに近い雰囲気がする。でもアフィに手を出し始めたから、noteに籍を置いても完全排除にはならない感じもする。WEBライターを名のる方からは、アフィリエイトブロガーは嫌われる存在なのかなという気もするのだけれど、結局はやっていることは一緒な気もする。いずれにしろ人より収益を上げていなければ叩かれない。それどころかマイナス運用だと尚更のこと。どこまでも水平線が見えるようなWEB界隈は、出る杭になると叩かれやすい。主婦ブロガーで一躍時の人になった〇〇〇〇〇さんのように…。

 

リスクあることやってる自覚はあるんだけれど、なんとかプラス運用できないかなと模索中ではある。ブログに没頭すればするほど、リアルの人間関係を構築する意欲がなくなる。でも似たような人もいるからいいかな?と甘えている節がある。

 

運営側は私のような使い方をされると、たまったもんじゃないのかな…?https化した折には、即pro加入致しますので、どうかお手柔らにm(._.)m

馬鹿にされているかあちゃん。

はてな村の皆様、こんにちは。今日はブロガーとしてのかあちゃんの壮大なる野望について、書き込みします。スマホが大衆に浸透して、誰もがSNSやブログで発信できるようになりました。私が子供の頃は、マスメディアといえば、テレビや新聞や雑誌のことを指しました。それがインターネットに誰でも簡単に接続できるようになったことで、ネットメディアが旧来のメディアを凌ぐ勢いで急成長をとげています。

 

誰もが手軽にアクセス出来るフィールドで、運があれば誰もがインフルエンサー(成功者)になれる場所は、実はコントロールしにくく、落とし穴が随所にあるハイリスクな場所だということは肌で感じてはいます。それでも何故、ここに居座るのかというと、インターネットの世界に可能性を感じているからです。それと、この世界をずっと見てきて、好きだからということもあります。後は、自称引きこもりで、積極的に外に出ていけないということもあり、せめてここに足跡を残したいという思いもあります。

 

このインターネットの世界に、ずっーと居座り続けていて思うのは、今の不安定なインターネット環境の中に、我が子を手放すのは不安だなあという気持ちです。今、我が子にはマイスマホを持たせていなく、おそらく長男にスマホを持たせるのは大学に入ってからの話になるとは思います。(シムなしスマホでゲームしたりユーチューブ見たりはよくしている。)県外で一人暮らしをするようになり、初めてスマホ体験をさせるのも酷な感じがしますね。親の目が届く内からマイスマホを持たせて、親の監視下で使い方を学んでいくやり方の方がいいのでしょうが…。まあでも、学校ではスマホやインターネットの危険性についての指導が行き届いてはいるようではあります。結構厳しい事が書かれた広報紙を、子供達は学校から持ち帰っています。先日、スポ少で子供達が喋っているのを聞いていると、ある子供さんが「インターネットの情報は信じたらいけない。」とつぶやいていて、はっ!!とさせられた事でした。うちの子達は、この子供さんのようにしっかりとした発言ができるかな?とも思いました。

 

うちの子達は、今のところマイスマホを持たせていないですが、周りの子供さん達は、早い子は小学生からマイスマホを持っています。いわゆるデジタルネイティブ世代ではあり、我が子が周りに遅れをとらないか心配もします。積極的にスマホを活用している子は、ツィッターでアカウントを開設し、インフルエンサーになっている程ですもんね。また、プログラミングに興味を持ち、アプリ開発して学生起業家になる子も出てきています。WEBで仕事をされているある方が「子供の頃からプログラミングをやっている人には敵わない。」と呟かれていました。プログラミングの早期教育を意識される親御さんも出てきていて、私の住む田舎でも、プログラミングを学ぶ塾が開設された事を、新聞の折り込みチラシで知りました。

 

昔とは違う社会の様子は、引きこもりである私でも、インターネットを介して感じる事が出来ます。ネット滞在時間が長いために、言い方悪いのですが、ネットを盲信してしまっている部分もあり、私の意見はかなり偏りがあるとは思います。ネット脳になってしまったのか、テレビや新聞や雑誌は、長く見る気になれず、スマホ画面に流れるテキストを読む方が、楽だったりします。社会人ならば、旧来のメディア、ネットメディア、両方に関心を向けて、社会情勢を読む必要があるでしょう。しかし私は引きこもりの一主婦の立場、どうしても自分にとって楽になる方へと流れていきます。

 

このブログがいつまで続くかは分かりませんが、周りのブロガーさんの意見を聞いていると、「先行者優位」という言葉をよく耳にします。こんなお馬鹿なことばかり書き散らしているドメインは、実は日の目を浴びない方が、我が子の将来を考えるといいのかもしれません。しかし、ドメインパワーという観点で考えると、地道に長くブログを継続することは、将来的にメリットになるのではという微かな希望も持ちます。10年後、インターネット環境がどう変わっているのか予測もつきません。「インターネットはデタラメ」という価値観が浸透しているかもしれません。でも大衆娯楽の場として、インターネットは生き続けるとは思うのです。子供が大きくなった時に、「かあちゃんのブログ」は恥ずかしいから閉鎖してくれと言われるかもしれません。でも子供の誰かがWEB界隈で仕事をするようになってくれたら、このドメインを活用できるんじゃないのかなとも思うんです。

 

家族に対しては、「お母さんはブロガーになる。」と言いきっているのですが、実益を伴っていないこともあり、軽くあしらわれている状況です。私自身、そうやって馬鹿にされる雰囲気も楽しんでいる節もあり、いつか見返してやるというハングリー精神が出るわけでもなく、ブログはとにかく楽しいからやってる感じではあります。まあ楽しみが、いつか利益になれば

、ラッキーじゃん!!みたいな感じです。

 

今日は、嘘か真か分からない、かあちゃんの野望について、アツク?語りました。おわり。

 

目が肥えて、満足の閾値が上がる。

新鮮な文章が読みたい。文章だけではなく写真にしても、作成したばかりだということが感じられる出来立てホヤホヤのコンテンツは美味い。過去にどこかのメディア媒体に利用したと思われるようなコンテンツの再利用だと、読む気が失せる。わがままな読者だとは思うけれど、ネット界隈に長く棲息していると、どんどん期待値が上がる。周りのユーザーの発信するコンテンツに影響され、自分のコンテンツのレベルを上げていきたいと思うのだけれど、文章能力とカメラの腕、カスタマイズする力が足りないから、発信する毎に達成感を感じる一方で、欲求不満が残る。

 

それに反比例するように、現実世界であれしたい、これしたいという欲がなくなってきている。ネットにいい画像をアップするために、被写体を探す。ネットに子供の画像をアップするのは気がひけるから、我が子なしの風景写真ばかりが、ミラーレス一眼のメモリに残る。基本インドアな生活を送っているから、買い物や子供の送迎といった義務的な外出以外のお出かけをすることもあまりない。でもいざ子供を連れてお出かけするとしたら、インスタ映えしそうなスポットを探して、行き先を決めようとしてしまう。

 

母親に覇気がないと、子供に悪影響となると思い、自身を鼓舞するのに役に立つと思って、ブログやSNSの積極利用を始めたのだけど、ネット海にエネルギーが吸い取られている気もする。それでも、ブログを始める前の自分に比べると、生き生きし始めたとは思うから、自分には有益だと思い続けられている。ブログやSNSのタイムラインの流れに、自身の分身を委ねることで、精神的に安定する。タイムラインに流れを感じたいから、私のブログやSNSのアカウントは、フォロー数>フォロワー数のバランスになっている。相手は人間ぞ⁇と突っ込み入りそうだけれど、何千何万ものフォロワーを抱えるインフルエンサーは、「〇〇にフォローされました。」という通知をいちいち気にされていないと思う。私のツィッター垢をフォローしてくるのは、エロ垢や実体のなさそうな垢が多い。匿名垢であっても、真面目に真剣にブログやSNSアカウントを運用している事が伝わってくるものは注目してしまう。

 

はてなブログは、飾らないありのままの気持ちを書き込みできる。だから気分の上がり下がりに連動する、筆致の違いが伝わってくる書き込みにはなっていると思う。インスタは美を競い合うフィールドと捉えているから、自分の中でもいいね👍と思えるような画像を投稿したくなる。noteはテキストメインなフィールド??文章能力を競い合う雰囲気がある。PVを容易に獲得出来るから励みにもなるのだけれど、その分文章投稿のボタンを押すことを躊躇する。noteは有料マガジンの販売は出来ても、アドセンス広告の貼り付けは出来ない。私には販売出来るコンテンツを作れるほどの能力がない。はてなで無料コンテンツを投稿し続けて、フォロワーをつけ、アドセンス収益を上げていく道しかないとは思っている。

 

このブログに魅力を感じてもらえるためにはどうすればいいかを考えている。冒頭に述べたように、今書き込みしてすぐに投稿したんだなと分かるような、新鮮なコンテンツ作りを心掛けたいとは思う。専門的な知識や、社会情勢のことを伝えていく力は、私にはない。女子力が低いから、主婦力をアピールすることも出来ない。でも「一風変わっている中年主婦の頭の中」を売りに出せる気がする。マニアックな人が喜びそうなコンテンツになるとは思う。じわじわとドメインパワーを上げていきたい。コンテンツ作りに費やす時間を考えると、亀の歩みだ。そして割に合わない。それでも好きだから続けられる。

 

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昨日は珍しく、私の住む地域にも雪が降った。次女がこの冬「雪が見たい。雪を触りたい。」と言い続けていて、スキーにでも連れて行ってあげようかと考えたけど実行に移せないままであったことが、心残りだった。思いがけなく昨日雪が降り、次女は大喜び。降っても薄っすら積もってはすぐに溶ける雪をかき集めて、雪団子を作り遊ぶ事が出来た。雪だるまを作れる程の雪はなかったけれど、初めて触った雪の感触は、次女の記憶に残るとは思う。上の子たちは、過去に標高の高い地域を通過する高速道路のパーキングエリアで雪を触った事が何度かある。長男は先日、スキー合宿に行ってきた。初めてのスキー体験、「めっちゃ楽しかった。」らしい。

 

 

気づけば、いつのまにか2月に入ってしまった。雪が降ったとは言えども、徐々に日が長くなってきている気がする。引きこもり主婦にとっては、夜の長い冬の方が安心できる。闇が実体を覆い隠してくれる気がして、ほっとできるのだ。でもうかうかしていられない。庭の紅葉の枝が鮮やかな赤味を帯び始めた。確実に春は近づいている。

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つるむ女が苦手だ。

はてな村の皆様こんにちは。はてなは気楽に書き込みできる雰囲気があり、なんだかいいですね。家族以外の人間と接する機会に乏しい、引きこもり主婦です。巻き髪でネイルバッチリ、さりげなく香水の香りがしてくるようなママから見ると、「あら、嫌だわ。」と軽蔑されそうではあります。

 

専業主婦ならば、家のことも、お付き合いも、卒なく出来ないと、存在価値を高められない?そうした危機感から、女の園であるママ集団の中で頑張った時期もありました。でもいくら努力しても無理だと分かってからは、付き合いを避けるようになりました。「何故無理なのか?」それは脳力の違いなのではないかと思います。私は脳内が男性的だと思うんですよね。学術的なことは分かりませんが、あの女の園の中に立たされた時に、異世界に放り込まれた気がしてしまうんですよ。

 

「あれ?あれれれ〜??(なんか違う。なんか違うぞっ!変な人って思われてるだろうな〜。どうしよっ!早く時間が過ぎてくれないかな〜。)」

 

女の園でうまくやっていくには、女性らしい格好だけではなく、ふわりとした上品な雰囲気や、コミュニケーションで和をとりもつ脳力も必要となってきます。突拍子も無い事を言ったり、会話の流れに乗れなかったりする事が続くと、KY認定されるし、付き合いが悪いと、その内声さえかからなくなります。以前はその中でも頑張ろうと意識したのですが、自分のテリトリーじゃないと自覚するようになってからは、積極的に付き合いをすることをやめました。

 

だからここ(ネット界隈)に居座られるのも、運営側からしたら迷惑な話なのでしょうか?SNSやブログを濫用しているくせに、オンラインで誰とも繋がらない。自分の世界にこもり、陰鬱な書き込みを続ける。まあ正真正銘のオタクですよね。でもオタクにもオタクのプライドがある訳ですよ。人に迷惑にならない範囲で、自分の道(ブログ道)をきわめたいという意欲が湧き上がっているんですよねー。書き散らかす時点で、迷惑行為だと言われそうだけれど、無料ならば一部の人は私の書き込みを見てくれる、それが嬉しくてブログを続けていく事が出来ます。「鬱気味の引きこもり主婦の日記」も少なからず需要があるということですよね。

 

「お気楽なもんだわ。」

「レベル低いな〜。」

ネガティブな反応もあるでしょうし、

「私と一緒だ。」

と思ってくれる人もいるとは思います。

 

あまり他者のアカウントに依存しあうことは、長い目で見るとよくありません。適度に距離を置いて、影響しあうことが、長くブログを続けていく上での秘訣だと思います。それはみんなにとっても自分自身にとっても言えることです。私はこのアカウントを存在させることで、周囲に害悪とならないためにはどうしたらいいかを模索しています。宗教の教祖みたいに絶大な影響力は持ちたくないけれど、それに近い効果を生み出すようなアカウントを作っていきたいという夢を抱いています。私は対人不安を抱えているために、リアルで活躍する能力に乏しいのです。そんな私が活躍できる場所は、ネット界隈しかないのかなと、今では思います。私がやっていることは自己実現につながっていくのかなという気もしています。

 

身勝手で、わがままなアカウントではありますが、どうかご贔屓にm(._.)m

 

 

 

 

 

 

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